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リニューアル後の南極観測船 宗谷

先日私用でお台場に出かけた折に先日(といっても去年ですが)リニューアルが済んだ南極観測船宗谷」の写真を撮ったのでそれをいくつか上げ、新しくなった宗谷について述べたいと思います。

まず全景。これまではゆりかもめの線路に対し船尾を向けていたのですが今回のリニューアルで船首を線路側に向けるようになりました。こうしてみると船の科学館駅から歩いてきて宗谷に出会った時の第一印象がこれまでとは大分違うように感じますね。

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また展示する岸壁の側も元の岸壁と反対側、元羊蹄丸のあった位置へと変わりました。

最後に、個人的にはこれが一番変更の中で大きいように思うのですが、宗谷と岸壁の間がかなり縮まった事ですね。これまでよく見れなかった部分や、遠くて掴みづらかった大きさなどがはっきりとわかるようになったのは重要だと思います。

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ちなみに2007年当時の展示状況はこのようになっていました。ここから奥にあるクリームと紅紫の船(羊蹄丸)の位置に移動したわけです。

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より近い位置に移されたことで船としての姿がより鮮明になったように感じます。写真はベンチのあたりから宗谷を撮影したものですがこうしてみると北杜夫氏が「どくとるまんぼう航海記」の中で宗谷を「小山」と表現したのもわかるような感じがしました。

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岸壁から船橋後部を

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近いッ!!!近いぞッ!!!!!!

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船尾。かつてはこの方向から宗谷を眺めるのが一般的でした。より近くから撮影できるようになったので印象も大分違います。

リニューアルは済みましたが公開再開は4月1日とのことでまだ中には入れませんでした。4月が待ち遠しい限りです。

↓ おまけ 休館中の船の科学館。再開はいつになるのか・・・・・・・・

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羊蹄丸のスクリュー。君はもういないんだね・・・・・・・・・

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徹夜の寝言

徹夜してしまったぞ

視界はぼんやりとして、頭もぼんやりとしている。ベッドに寝そべればすぐ眠気が襲ってくるはずだが、寝てはいけないここで寝たらだめになる、と少ない理性が囁くせいで寝れない。

徹夜するのはこれが初めてではない。徹夜したのは、確か夏休みの宿題が終わらなかった小学校の頃だ。そのころ小学校における僕の立場はなかなか難しくて、体育系が主流のクラスの中に行くのはあまり好きではなかった。でも学校をやめるほど状況は悪化していなかったし、母も僕も小学校を円満卒業することを目標にしていた気がする。そんなわけで僕は必死に宿題をやっていた。気が付いたら朝焼けの黄色と赤を混ぜた、今ではすっかりおなじみになってしまったあの色が窓の外を染めていた。

これはホントの僕の記憶かわからない。なにしろ僕は徹夜明けで、しかもこの話をどっかで読んだことがあるような気がするからだ。

眠い。眠いぞ。

徹夜と言えば去年の今頃まで高校生だった僕には当たり前の物だった。中学と高校が一緒くたになった生徒を堕落させる学校に入り、そこでかろうじて小さな友人のグループに入った僕は、その彼らと遅くまでゲームをする日々を習慣としていた。やるゲームは様々だったけど、遊ぶ面子は変わらなかった。当時ろくな部活に(あいにくその高校には歴史研究部は無かったし、今も無い)入っていなかった僕にとってそれくらいしか交流の相手はいなかったのだ。

ところで徹夜とはどこまで起きてゐれば徹夜なのだろうか?今僕がこうして妄言の集合体を書いている0849は勿論朝だがこのタイミングで僕が心変わりをし、この記事を消してベッドに入ったら僕は"徹夜をした”ということになるのだろうか?もしこれが徹夜をした事にならなければ、これまでの僕の徹夜の9割は徹夜ではない(世の中は広いからこうしたことを研究している人もいるのだろうが正直眠くて調べる気にもならない)。

というのはこれまでしたゲーム徹夜のほとんどは4時に解散して各々数時間の眠りにつくのがほとんどだったからだ。大体の場合、数時間の眠りの後には壮絶なまでの不快感が付きまとうがそれでも僕たちは楽しくてゲーム徹夜をしていた。

今では彼らのほとんどがバイトや他の集まりを理由として徹夜しなくなった。こういうことが大人になるという事なんだろう。そう考えるとこうしていつまでも徹夜をしてグダグダくっさい言葉を並べている僕はまだそこまでたどり着けていないのだ。

この記事をあとで素面の僕が見たらとてつもなく恥ずかしく思うだろう。なにせ睡眠不足で推敲はおろか文章作りすらままならない、その上どこかで読んだような口調がえんえんと使いまわされている。でも僕は書かざるを得ない。ゲームにも飽き、本を読む気もない僕が、思いつくままにやり出したことなんだ。きっと僕は自戒としてこれを消さないだろう、だからこれを読んでいる誰かも気にせず笑ってほしい。

僕は今、徹夜している

あけおめ

明けましておめでとうございます。更新が死ぬ程遅くなって申し訳ありません。ぼんやりと日々を過ごしていたら更新を忘れていました。

今更ながらhoi2にはまっております。日本海軍でイタリア海軍と殴り合ったり、ソ連で歩兵を大量生産して東部で溶かしたりしてます。中でも好きなのは史実準拠modの1945年シナリオで東ドイツをプレイすることですね。西独逸米帝傀儡逆徒に負けないように工業力を上げて相手を圧倒すると気持ちがいい・・・・・・・・・・・。

まあ西側と競争しなくてもDH1.03の史実準拠modでは1946年に東西統一が果たせちゃうんですがね(なお西独逸を前進するのは東独空軍野戦師団(民兵)の模様)。史実では1945年の東ドイツなんかどっこもかしこもインフラガタ落ちだし工場なんかボロボロで民兵すら作れないでしょうがまぁそこは気にしない気にしない。

新年が明けてからぼんやりゲームやりながら暮らしていたらもう期末試験が迫っていて地獄ですね。頑張ろうと思います。

 

今年もよろしくお願いします

 

英国海軍氷海警備艦HMSエンデュアランスについて

つい先日、船の科学館の附属施設である南極観測船宗谷」が展示位置を変えた、というニュースを聞きました。これまでの岸壁から反対側の岸壁へ位置を変えるだけなんですが、羊蹄丸のいた位置に宗谷が居るのを見るのは非常に寂しい気がするし、船の科学館本館が静かなのも非常に悲しいなあ、と思う次第です。

昭和13年にソ連向けの耐氷貨物船として建造され、紆余曲折を経て南極観測船となり、日本の南極観測の礎を築いた「宗谷」は、今ではドラマや各種メディアを通して多くの人に認知されています。

今回初めての本格的なブログ記事製作にあたって私が紹介するのは宗谷のように当初貨物船として建造されながら、海軍の元に様々な活動に従事した英国の氷海警備船、HMSエンデュアランス(HMS Endurance)です。

 

エンデュアランスの前身はデンマークの商船会社Lauritzen Lines 向けに1956年に就役した砕氷貨物船、アニータ・ダンAnita Dan です。その要目は全長93m、幅14m、 載貨重量トン数は3225tで、観測船時代の宗谷の全長83m、幅12.8m総トン2736tと比較すると宗谷の方が一回り小さいと言えるでしょう。

11年後の1967年、彼女は英国海軍に購入されました。フォークランド方面の警備及び極地観測の補助を行う氷海警備船(Ice Patorol Vessel)として活動させるためでした。警備船への改装は英国の造船所で行われたようです。

当時の英国は1956年のスエズ侵攻以来、経済や国際社会におけるプレゼンスの低下が激しく、経済の低迷が続いていました。アニータ・ダン、改めエンデュアランスもそれと無縁ではなく、1981年には財政難を理由に当時のサッチャー政権により除籍が決定されました。

しかし1982年3月末に発生したフォークランド紛争によりエンデュランスの除籍は延期されました。フォークランド本島の侵攻と平行して行われた南ジョージア島の占領に前後して、エンデュランスはミルズ中尉率いる33名の英海兵隊を南ジョージア島に届け、また海兵隊が本国と連絡をとる無線中継の役割を担ったのです。なおこの時アルゼンチンの補給艦バイア・ブエン・スセソに遭遇していますが、事態の悪化を恐れた本国の指令で警察行動以下一切の手出しを禁じられ、付近を航行する以外の行動を封じられました。

その後英艦隊と合流したエンデュランス給油艦タイドスプリング、駆逐艦アントリム(のちにサンカルロス上陸作戦の時にアルゼンチン軍のスカイホークに沈められた)とともに南ジョージアに対するSBSの特殊作戦(1982 4/21)を支援し、南ジョージア島奪還の成功に貢献しました。さらに4/21には南ジョージア付近に現れたアルゼンチンの通常動力潜水艦サンタフェ(元はバラオ級ガピー改造艦)の攻撃に搭載機のウェストランドワスプ(829海軍航空隊所属)を派遣して同艦の撃沈にも貢献したのです。 その後は南ジョージアの警備を続け、紛争の終わりを同島で迎えました。

紛争の影響によりエンデュアランスはその後も氷海警備の任務に就いていたのですが、1989年に氷山に衝突、損傷してしまいます。修理はしたものの、老朽化などにより任務の続行は出来ないと海軍は判断しました。1991年に除籍、解体され、35年の艦歴に終止符を打ちました。

 

エンデュアランスも宗谷ほどではありませんが、死線を潜り抜け、祖国を助けた素晴らしい軍艦と言えるでしょう。

 

参考資料

防衛省防衛研究所フォークランド戦争史

サンデー・タイムズ特報部編 宮崎正雄訳「フォークランド紛争 ―鉄の女の誤算―」1983年6月1日版 原書房

海戦フォークランド 堀元美著 1983年12月1日版 原書房

http://www.shipspotting.com/gallery/photo.php?lid=324669 アニータ・ダンに関する写真、情報が記載されたサイト

https://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Endurance_(1967) 英語版WIKI

 

 

 

はじめた はじめに

初めての人は初めまして。そうでない方はこんにちは。

TalkingTohkanと申します。

普段はSNSで活動しているオタクの端くれなので、このブログにはそういうオタク業の中で思った事や、「これはネタだな」とか思った事を書いていこうと思っています。

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