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英国海軍氷海警備艦HMSエンデュアランスについて

つい先日、船の科学館の附属施設である南極観測船宗谷」が展示位置を変えた、というニュースを聞きました。これまでの岸壁から反対側の岸壁へ位置を変えるだけなんですが、羊蹄丸のいた位置に宗谷が居るのを見るのは非常に寂しい気がするし、船の科学館本館が静かなのも非常に悲しいなあ、と思う次第です。

昭和13年にソ連向けの耐氷貨物船として建造され、紆余曲折を経て南極観測船となり、日本の南極観測の礎を築いた「宗谷」は、今ではドラマや各種メディアを通して多くの人に認知されています。

今回初めての本格的なブログ記事製作にあたって私が紹介するのは宗谷のように当初貨物船として建造されながら、海軍の元に様々な活動に従事した英国の氷海警備船、HMSエンデュアランス(HMS Endurance)です。

 

エンデュアランスの前身はデンマークの商船会社Lauritzen Lines 向けに1956年に就役した砕氷貨物船、アニータ・ダンAnita Dan です。その要目は全長93m、幅14m、 載貨重量トン数は3225tで、観測船時代の宗谷の全長83m、幅12.8m総トン2736tと比較すると宗谷の方が一回り小さいと言えるでしょう。

11年後の1967年、彼女は英国海軍に購入されました。フォークランド方面の警備及び極地観測の補助を行う氷海警備船(Ice Patorol Vessel)として活動させるためでした。警備船への改装は英国の造船所で行われたようです。

当時の英国は1956年のスエズ侵攻以来、経済や国際社会におけるプレゼンスの低下が激しく、経済の低迷が続いていました。アニータ・ダン、改めエンデュアランスもそれと無縁ではなく、1981年には財政難を理由に当時のサッチャー政権により除籍が決定されました。

しかし1982年3月末に発生したフォークランド紛争によりエンデュランスの除籍は延期されました。フォークランド本島の侵攻と平行して行われた南ジョージア島の占領に前後して、エンデュランスはミルズ中尉率いる33名の英海兵隊を南ジョージア島に届け、また海兵隊が本国と連絡をとる無線中継の役割を担ったのです。なおこの時アルゼンチンの補給艦バイア・ブエン・スセソに遭遇していますが、事態の悪化を恐れた本国の指令で警察行動以下一切の手出しを禁じられ、付近を航行する以外の行動を封じられました。

その後英艦隊と合流したエンデュランス給油艦タイドスプリング、駆逐艦アントリム(のちにサンカルロス上陸作戦の時にアルゼンチン軍のスカイホークに沈められた)とともに南ジョージアに対するSBSの特殊作戦(1982 4/21)を支援し、南ジョージア島奪還の成功に貢献しました。さらに4/21には南ジョージア付近に現れたアルゼンチンの通常動力潜水艦サンタフェ(元はバラオ級ガピー改造艦)の攻撃に搭載機のウェストランドワスプ(829海軍航空隊所属)を派遣して同艦の撃沈にも貢献したのです。 その後は南ジョージアの警備を続け、紛争の終わりを同島で迎えました。

紛争の影響によりエンデュアランスはその後も氷海警備の任務に就いていたのですが、1989年に氷山に衝突、損傷してしまいます。修理はしたものの、老朽化などにより任務の続行は出来ないと海軍は判断しました。1991年に除籍、解体され、35年の艦歴に終止符を打ちました。

 

エンデュアランスも宗谷ほどではありませんが、死線を潜り抜け、祖国を助けた素晴らしい軍艦と言えるでしょう。

 

参考資料

防衛省防衛研究所フォークランド戦争史

サンデー・タイムズ特報部編 宮崎正雄訳「フォークランド紛争 ―鉄の女の誤算―」1983年6月1日版 原書房

海戦フォークランド 堀元美著 1983年12月1日版 原書房

http://www.shipspotting.com/gallery/photo.php?lid=324669 アニータ・ダンに関する写真、情報が記載されたサイト

https://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Endurance_(1967) 英語版WIKI