徹夜の寝言

徹夜してしまったぞ

視界はぼんやりとして、頭もぼんやりとしている。ベッドに寝そべればすぐ眠気が襲ってくるはずだが、寝てはいけないここで寝たらだめになる、と少ない理性が囁くせいで寝れない。

徹夜するのはこれが初めてではない。徹夜したのは、確か夏休みの宿題が終わらなかった小学校の頃だ。そのころ小学校における僕の立場はなかなか難しくて、体育系が主流のクラスの中に行くのはあまり好きではなかった。でも学校をやめるほど状況は悪化していなかったし、母も僕も小学校を円満卒業することを目標にしていた気がする。そんなわけで僕は必死に宿題をやっていた。気が付いたら朝焼けの黄色と赤を混ぜた、今ではすっかりおなじみになってしまったあの色が窓の外を染めていた。

これはホントの僕の記憶かわからない。なにしろ僕は徹夜明けで、しかもこの話をどっかで読んだことがあるような気がするからだ。

眠い。眠いぞ。

徹夜と言えば去年の今頃まで高校生だった僕には当たり前の物だった。中学と高校が一緒くたになった生徒を堕落させる学校に入り、そこでかろうじて小さな友人のグループに入った僕は、その彼らと遅くまでゲームをする日々を習慣としていた。やるゲームは様々だったけど、遊ぶ面子は変わらなかった。当時ろくな部活に(あいにくその高校には歴史研究部は無かったし、今も無い)入っていなかった僕にとってそれくらいしか交流の相手はいなかったのだ。

ところで徹夜とはどこまで起きてゐれば徹夜なのだろうか?今僕がこうして妄言の集合体を書いている0849は勿論朝だがこのタイミングで僕が心変わりをし、この記事を消してベッドに入ったら僕は"徹夜をした”ということになるのだろうか?もしこれが徹夜をした事にならなければ、これまでの僕の徹夜の9割は徹夜ではない(世の中は広いからこうしたことを研究している人もいるのだろうが正直眠くて調べる気にもならない)。

というのはこれまでしたゲーム徹夜のほとんどは4時に解散して各々数時間の眠りにつくのがほとんどだったからだ。大体の場合、数時間の眠りの後には壮絶なまでの不快感が付きまとうがそれでも僕たちは楽しくてゲーム徹夜をしていた。

今では彼らのほとんどがバイトや他の集まりを理由として徹夜しなくなった。こういうことが大人になるという事なんだろう。そう考えるとこうしていつまでも徹夜をしてグダグダくっさい言葉を並べている僕はまだそこまでたどり着けていないのだ。

この記事をあとで素面の僕が見たらとてつもなく恥ずかしく思うだろう。なにせ睡眠不足で推敲はおろか文章作りすらままならない、その上どこかで読んだような口調がえんえんと使いまわされている。でも僕は書かざるを得ない。ゲームにも飽き、本を読む気もない僕が、思いつくままにやり出したことなんだ。きっと僕は自戒としてこれを消さないだろう、だからこれを読んでいる誰かも気にせず笑ってほしい。

僕は今、徹夜している